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【2001年7月 細江慎治さん】

まずは、生年月日・星座・血液型・出身地などなどのプロフィールをご自由にお願いします。

えーっと1967年魚座、AB型、トラ、岐阜県は下呂温泉生まれ。プロフィールって言われると困るよねー、昔はナムコとかアリカで音楽を作ってました。今は小粒の会社を作った。思えばこぢんまりしてきたかな。残された選択はもうフリーしか無いか…

現在、作・編曲家であり、音楽プロデューサーでもあり、会社の社長(?)さんでもあり・・・と色々なお顔をお持ちの細江さんですが、そんな現在に至る、これまでの経緯を(長いかもしれませんが・・・笑)一通り教えていただけますでしょうか?(高校卒業後あたりから、お願いします)


かなり昔の写真だそうです。(本人談)

高校卒業ですか…CGの専門学校に行ったんだけど、その夏からナムコのバイトに通い初めて最終的には殆ど学校行かなかったかな。卒業式も行ってないし。まさかゲームの音楽やるなんて考えて無かったんだけど、成り行きで音楽で飯を食べる事になったのでした。とりあえずナムコは10年、バイト入れたら12年弱通って、そろそろ良いかなって思って辞めました。辞めるの決めたはいいんだけど貯金なくてマンションの更新が迫ってきて、フリーになるつもりがそうも言ってられなくなって、偶然にも知り合い達が会社作るんで、これまた成り行き上アリカへ…
最初っから数年後には自分の会社作るなり、フリーになるからって感じで4年ぐらい居たのかな?で、ようやく思惑通りの形になったと。こんな感じかなー?

また、現在は、具体的にどういったお仕事に携わっていらっしゃるのでしょうか?

最近何やってるのかなー?コナミのビーマニとかキーマニとか手伝ってたり、最近はOMYのアルバム作ってたりかな?あとゲーム(^^; 魔法打ったり、スパナで殴ったり、重機関銃を振り回したり。最近よく崎元君とゲームの中で会ってる。
あと仕事かー、今発表されてないものが多いかな。まにきゅあ団っていうバンドもやってるけど最近活動さぼってるし、めだった事はやってないような気もするなー。

そんな細江さんが、光田とお知り合いになられたのは、いつ頃、どんなきっかけで、でしょうか?

ずばり酒の席かな、恵比寿の飲み屋だと思うんだけど、いつだったか?崎元君がスクウェアに通ってる時に呑むことになったんだよね。で…そのまま朝まで…呑んだ後はいつも朝…

その時の、細江さんからご覧になった光田の第一印象は?

なんか芸術家肌のオーラーをプンプンさせてる人だなーって。何かある何か違うって感じが凄くあったような気がするけど、やっぱり何かある人でしたな。

逆にご自分は、光田にどう思われたと思いますか?

初めての人と呑む時にたいがい僕の事を事前に説明してあるんですよね。「ザル」とか「酒豪」とか…あーらー酔っちゃったみたいな人なのに。すいません嘘です…胡散臭い酒魔人?

それから数年たっての、現在の光田の印象は、当時と比べてどうでしょう? 変わりましたか?

多分変わらないかなー?フリーになってからはたくましくなったよね。さすがただ者ではナイな。不思議なスタンスが素敵っ!

光田が細江さんとご一緒させていただいた作品としては、最初の「ストリートファイターEX2」のアレンジアルバムと、それから、ゲーム作曲家達によるオムニバスアルバム「2197」ということになりますが、ズバリ、細江さんのそれらの光田作品に対しての印象は?(厳しいご意見、OKです)

人に優しい解釈をする作りだなーって思う。ちょっと羨ましいんです。僕はひねくれ者なので難解にしちゃう事が多々あるけど、そんな物ばっかり作ってたら人に優しい曲かけなくなってきちゃって(^^;
けど難解系な物もちゃんとこなすんですよね。凄いと思う。昔トバルの音楽の話をしたんだけど、あれは凄かったよね。

「会社に所属する作曲家」という枠を抜け出して、もっと幅広く活動する、という意味でも光田にとって大先輩であられた細江さんですが、最初に「会社を抜け出す」(具体的にはナムコを、ということでしょうか)という行動に出られた時は、どんな思いで、またどういった野望(笑)をお持ちでしたか?

どちらかと言うと大きい会社からって感じですが、順当にいくと段々音楽から遠ざかって行くのは解ってるし、それだけは避けたかったかな。
けど大きい会社じゃ避けては通れないのが確実だし、試験制度があったからウンザリしてたかな?しかも音楽制作に関係ないからずっと拒んでた。拒んでたら会社的立場が新入社員以下になってたし、そこでは十分仕事したからもういいかな?って…野望はずっと音楽とおつき合いする事かな。結構やめちゃう人多いよね。

傍から拝見させていただいている印象ですが、細江さんは、とてものびのびと、楽しんでご自身の音楽活動を展開されていらっしゃるようにお見受けします。すごく良いことだと思いますし、光田としても今後ぜひ見習いたいところかと思いますが、それに伴っての様々なご苦労などもあるのではないかと思います。「これはすっごく大変だった〜!」ということなど、もしありましたら教えていただけますか?

あう、楽しくてすいませんって言っちゃうよね。とりあえず何でも楽しい事に変換しちゃえば幸せ度アップだよね。あんまり深く考えないっていうか、音楽や仕事で大変だ〜って事があっても、ソレをクリアした時の快感がゾクゾクくるからマゾだよね。
細かな大変な事は殆ど忘れちゃってるから、わかりまへん。

逆に、「これだから自分達でやるのはやめられな〜い♪」と思われるような、オイシイ点はどんなところでしょう?

小回りがきくよね。あと全体を通していろんな事が体験出来るし、色んな人にも合う機会が多い。そんなところが一番大きいよね。大きい会社の楽しみ方もあるけど、今はそれ以外の部分を楽しんでるかな。

本当の本当は、それら全ての音楽活動の中で、何をやっている時が一番楽しいですか?(笑)

どれも楽しいけど、作り始めの頃は気が重い。重いんだけどやり始めて自己陶酔しはじめると楽しくなっちゃう。多分その辺は皆一緒なのでは?あと、一仕事終わってから呑みに行く事を自分のご褒美にすれば全て面白くなってくる。(脳味噌が馬並?)

今後、ご自身のレーベルなど、どういった方向で発展させていこうとお考えでしょう?ズバリ、「トルバドール・レコード」の最終目的地は? そして「まにきゅあ団」「OMY」などの行く末は!?(笑)

あんまり目的地はないんじゃないかな?気軽に作って気軽に出せればいいや。気負いなく作るのが一番いいかな。まにきゅあ団はスローガンに「あせらず・さわがず・ビックなゆとり」等を掲げてるし、OMYもなるようになるって感じかな。
トルバに関しては自分の会社の方針と被る部分が多いので、少々見直しをするかもしれないです。スタンスは変わらないんですけどね。

それらのバンドの一つ、「OMY」といえば、つい最近(2001年6月6日)、ニューアルバムを出されましたね。それについて、めいっぱい宣伝も兼ねて(笑)、ご紹介お願いします。

ありゃ、よくご存じで(^^; …随分間をあけちゃったんですけど、ようやく発売となりました。「弱気なぼくら/ナーバス」っていうアルバムなんですが、日本語の歌詞にしなきゃいけなかったりでOMY的に検討しなきゃいけなかった事が一杯あって、ちょっと遅れましたが、とりあえずこれで「解散」ならぬ「閑散」という事で終了。「閑散」した瞬間「新OMY」誕生という事になってます。これから心機一転活動していきます。

ジャケットや曲名など、めちゃめちゃ本家本元を意識されて(というかパロって・笑)ますが、ウワサによりますと、これについてはちゃんとご本人達に了解を得た、とのことですね。(笑)その辺のエピソードなど、教えて下さい。(あちら様はどんな反応だったのでしょう?)

本当は他のレコード会社からオファーが来てたんですが、そのときは了解をえられずに終わってしまったんです。ある意味最後の手段で本家本物の当時のジェネラルマネージャーでもあった方が経営してる会社から「なんとかちゃ〜ん、頼むよぉ〜」みたいな話がいったのかどうかは謎ですが無事発売される事に…。
実際のコメントを僕らが受け取った訳ではないので解りませんが某○野さんがラジオ番組でOMYをネタにジョークをカマしてるので、ある意味認められてると取ってもいいかもしれないです。

そもそも、これって、誰が思いついたのですか?

どうだったのかなー、みんなで御歓談かましてた時にそんな話になって、一気に作ったかな。元々みんなテクノが好きだったんで作ると決まったら早かったですよ。

また、それとは別のバンド「まにきゅあ団」についても、詳しくご紹介していただけるとありがたいのですが。

凄くバンドらしくないですね。あんまり練習もしないし、とやかくも言わない。練習っていっても振り付けだったり、ネタだったり…みんな徹夜でスタジオ入ったと思ったら寝ちゃうとか。最近は活動はご無沙汰ですね。そろそろラジマニっていうCD(ラジオテイスト)の5号を作るんで出演して下さい。

それらのバンドと、細江さんのゲーム作曲家としてのお仕事、そして独立会社の社長としてのお仕事・・・すべての活動の両立の秘訣は!?

今となっては全部会社の仕事と同一っていうスタンスで活動してるので、フリーの方と一緒ですよ。隙間でやってるって感じ。どっちが隙間かは謎だけど。両立ではなくて同一ですね。お陰で気持ちは楽です。

ゲーム作曲家としての細江さんとしては、今後どんなお仕事をしていきたいとお考えですか?

そろそろイメチェンしてみたいなと…1つ目立つタイトルで変な事やっちゃうと、ずっと仕事のオファーが其処に引っ張られちゃうじゃないですか。だからそろそろ切り口を変えてみようかなと思ってます。といっても自分の作る物が激変するわけでもないから蓋を開けたら同じかもしれないですけどね。

今後またトルバドールなどで、面白いアルバム(オムニバスとか)を作られる予定はありますか?また、そういう企画モノとしては、今後どんなものを作っていきたいですか?

いろいろ出してみたいんですが最近滞ってます。グッっとくるコンセプトがあるといいんですけどね(^^; …オムニバスはまた作りたいので是非またお願いします。

ズバリ! 細江さんの将来の野望は!?(めちゃめちゃ個人的なことでも結構です)

野望かー、海外でも何かやりたいんですよね。そんなに大きな野望じゃないんですけど。今のところ日本だけでやってるけど、海外のアンダーグラウンドってのも凄く楽しそうですよね。どうしてもアンダーグラウンドになっちゃうけど、そのイメージが凄く好きです。

ここをご覧になられている方々に、何かメッセージをお願いします。

よろしくねー(^^; 光ちゃんのファンだよね…やべーな。僕ダークサイドなんで、世の中に背を向けたくなったら聞いて下さい。

最後に、光田にも何かメッセージを!!

じゃ明日19時に恵比寿集合。解散は翌朝5時予定。

お忙しいところ、どうもありがとうございました!!

どーいたしまして、これからも宜しくお願いしますっ!!

色々なお仕事を手掛けられている細江さん。さぞかしお忙しいこと・・・と思うのですが、ご本人は、いたって「せっぱつまっていない」(本当はいるのかもしれませんが)と言いますか、とても日々楽しく過ごされているようで、その辺の自由な空気感がいいなあと思います。ご苦労も多いことでしょうが、やはり「自分のやりたいことを楽しくやる」というスタンスは、素敵ですよね。「OMY」やってたり、「まにきゅあ団」やってたり、ゲーム音楽やってたり、音楽プロデューサーやってたり、居酒屋でザルやってたり、その隙間に(え?)会社経営してたり・・・どれが本業なのか、もはやわからないくらい本当に色々なお顔を持つ細江さんなので、このインタビューごときではそんな細江さんの全ては語り尽くせないなあという感じがしていますが、ここをご覧の皆様に、そんな「謎のミュージシャン」(そして飲んだら朝までよ)の細江さんの片鱗をちらっとでもご理解いただけるといいですね。って、全然ナゾですね、やっぱり。(笑)
では、その「飲んだら朝まで」仲間の光田からも、メッセージを!

最近飲んでませんね・・・。(いきなり涙)
もはや僕の頭には『細江さん=飲み会』というイメージしかありません。(笑) たしか一番最初にお会いしたときも、医者から酒を止められていた(今でもそうですか?)にも関わらずガンガン飲みまくっていましたね。それ以来、「2197」や「ストリート・ファイターEX2」などのお仕事をいただいて本当にありがとうございました。とか言いつつ実は本人、あれらを全く仕事だと思っていませんでした。何と言ってもフリーになって初めての作業でしたし、もう楽しくて楽しくてしょうがなかったんですよね〜。(すいません) なんかとてもなつかしいです。
細江さんは自分のレーベルを立ち上げたりバンド活動したり、また会社の社長でもあるし、アルバムは定期的に出してますし、どうやってそんな数の仕事がこなせるのか不思議でしょうがありません!? ぜひ今度その秘訣を教えて下さい。今回は忙しい中、質問に答えていただいてありがとうございました。最後にいつもの掛け声! 19時恵比寿集合!!

PROCYON STUDIO