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【2000年4月 KALTAさん】

まずは、生年月日・星座・血液型などを教えて下さい。(ちなみに、「KALTA」というのはご本名ではないと思うのですが、その名の由来は・・・?)

生年月日は1970年4月17日、牡羊座のA型で動物占いは「コアラ」(きかれてないけど(笑))なんでもコアラは「究極の快楽主義者」らしくて、今日も友達にズバリ言い当てられてしまいました。
本名は『大槻英宣(ヒデノブ)』って濁点の多い名前で(笑)。『KALTA』は芸名みたいなものですが、由来をお話すると長くなりますえ!

もともとは名字も「井上」で今とは違いまして(結婚とか離婚とかそーゆー話しぢゃないっすよ)なかなか覚えてもらえない名前だったんですね。一時期フィリピン人の女性ヴォーカリストとか米軍の黒人さんとかとバンドをやってた事があるんですが、名前をローマ字で教えると「OK!OK!」とか返事しといて、呼ぶ時は「アィノゥエヘディノボゥ!」とか言っちゃって「それ誰よっ!」って(笑)。それで芸名でも付けようかと思ってる時に、自称「チャネラー」に遭遇!なんでも霊界と交信できるって!私の事について交信してもらったら「まだ地球に生まれ来るようになって日が浅い。最初に生まれ来たのはカルタゴ帝国で現在のチュニジアにあたる。」っつーんですよ。ホンマかいっ!とか思いつつも「新しい街」の意を持つ「カルタゴ帝国」からとって「カルタ」なんです。ウッゲーすんごい長い話!息が切れる!!ワープロだけど(笑)。

それでもって最後に付け加えさせて頂くと、私のおじいちゃんはドイツ人で私はドイチェの血が流れるクォーターなんです。実にややこしい奴だと自分でも思います。



KALTAさんは、作・編曲のお仕事もされる傍らドラマーとしても活躍されていますが、そんなKALTAさんの音楽遍歴を教えて下さい。(いつ頃音楽に目覚め、いつ頃ドラムや作曲・編曲をするようになったのか、そしてそのきっかけ・・・などなど)

うちのマムちゃん(母です)によると、まだハイハイをしてる頃からちゃぶ台(死語?)に捕まり立ちして、ラジオやレコードから流れて来る音楽に合わせてひたすら身体を揺すり奇声を発していたらしいです(笑)。お箸を持つとすぐにお茶碗を叩くので、お箸の塗りはハゲるしお茶碗はかけちゃうしで、仕方なくオモチャ代わりにスティックを買ってくれたそうです。やっぱり母親は凄い。お陰で人生メタクソだ!!(笑)

あと、親戚にアメリカ人のおじさんがいて、渋〜いエレキと洋物の?ドーナツ盤やアルバムを山のようにくれたので、ポータブルプレーヤーとレコードで毎日遊んでました。「聴く」っつーより「遊ぶ」が適切な表現な気がするな(笑)。最初に買って貰ったレコードは『ベンチャーズ』の2枚組のアルバム。他には『ビートルズ』に代表される当時のGS、『エルヴィス・プレスリー』もたくさんあったしラテン/ポップス・オーケストラ系とかカントリー/ウェスタンとか、クラシックとか、聴くものには事欠かなかったですね。

自分から初めてハマッたのは小学生の時に『クラフトワーク』に代表されるシンセ系と『サタデーナイトフィーバー』っていうディスコ(当時はクラブなんて言わない(笑))映画のサントラに代表されるディスコ・ミュージック。その後ドラムも叩くようになって、中学生で国内海外問わずいわゆる「フュージョン系」にハマって、その延長みたいにして15歳の時にジャズをはじめた。高校を卒業すると、現代音楽とか70年代のプログレとかにハマって、最後にロックが来た頃にはもう自分でもシンセとか持てるようになったんで打ち込み系にハマりました感じです。

楽器は3歳からエレクトーン、7歳からピアノ(練習嫌い。ピアノもレコードと同様に「弾く」ぢゃなくてほぼオモチャ状態でした(笑))10歳からドラムを習ってました。初めて作曲したのは確か6歳の時で、曲名は忘れもしませんが恥ずかしくて言えません(笑)。エレクトーンで作って発表会か何かで弾いた遠い記憶が‥‥。それからはソロ、アンサンブル問わず、ひたすら曲を作ったり編曲したりしては音楽友達集めてジャカスカやってました。こう考えると恵まれた環境かもしれませんね。とにかく楽しくて仕方なかったな〜。ラーメン好きもその頃始まったのです。(きいてない)

ご自分の中では、どういった肩書きが「本来の大槻KALTA」と言えるのでしょうか?(ドラマーですか? それとも・・・?)

よく受ける質問なんですが、未だに適当な答えが見つかりません(苦笑)。自分は「音楽」が好きでありたい人なので、ジャンルとか楽器とか作曲とか関係ないんです。どれも本来の姿だと思います。だって、楽器を演奏する時もリアルタイムに作編曲してるみたいな感覚って絶対あるし、作編曲してる時もひらめき感は演奏してる時と同じだし、打ち込みしてる時はその楽器を演奏してる感覚とかあるしどれが欠けても今の自分の音楽はあり得ないって思います。

でも究極、本来の自分は「コアラ」なんですね、これが(笑)。楽しけりゃそれでいいっつー。音楽って「カッコイイ!」とか「気持ちイイ!」とか「楽しい!」とか、あるいは「恐い!」とか「すっげー悲しい‥‥」とか、つまり方法論とか表現の手段が違うだけで目指してる所は全てそういう「感動」だと思ってるので、どれが「本来の姿」でも結論は同じ事です(笑)。

では、そんなKALTAさんと光田のお友達関係について、お尋ねします。まずは、KALTAさんが光田とお知り合いになったきっかけを教えて下さい。

当時、私はとあるラテンジャズのバンドに在籍してたんですが、そのバンドのギタリストが後に『GUIDO』を結成する畑さんだったんです。畑さんがとあるプロデューサーと長い付き合があって、そのプロデューサーから「ゲーム音楽をアレンジしてCDにする仕事を一緒にやらないか」って言われて、打ち合わせに行った時に初めて「みっちゃん」に会いました。それがSF版の『クロノトリガー』のアレンジCD『ザ・ブリンク・オブ・タイム』になった訳です。

その時の光田の第一印象は?

「ムッ、若いな、おぬし」って感じ(笑)。っていうより、私は朝からお腹こわしてゲ○ピー状態で初めての打ち合わせだってのに遅刻!!しかも到着次第トイレ直行な状態だった(笑)んで、あんまよく覚えてないんです。でもみっちゃんの目がキッとした光りを放ってて「ン‥‥おぬし、やる気マンマンだなっ」って思ったですよ。ウルウルしてただけだったりして(笑)。でも、さすがあのFFのスクウェアなんぞで作曲家やってるだけあって、しっかりした感じの人だなとも思いました。

親しいお友達になってかれこれ何年も経ちましたが、現在の光田は、KALTAさんからご覧になって、どんな感じですか?

尊敬してます(笑)。別にディスってるんでもアゲてるんでもないですよ。ゲームの仕事の質量はやはり大変なものです。それを淡々とこなしつつ、年中飲みつつ遊び歩いて、しかもパパだしくせ毛ひどいし(笑)でも割とジャニーズなお顔だちでこりゃかないません!!うらやましくさえ思います。それにしても「見た目変わらないな」とも思いますな(笑)。ミュージシャンってそーゆー人が多い気がするけど、まっとうに歳をとるのに失敗してる感じが好きです(笑)。いや「いい意味」で(笑)。

ズバリ、光田の良いところは?(あれば・・・のハナシです)

いや、真面目な話(ここまでは不真面目?)音楽家としてここまで自分のスタンスを築きあげてそれをキープしているハングリーさとか、自分に対して正直だから変に気負ってる所がなくていつも身軽でアグレッシヴな所とか凄いと感じます。その決断力と行動力が素晴らしいと思うんです。しかもこのHPの来場者数を見ても分かる通り、多くの人に感動を還元して音楽を通してたくさんの皆さんの心の役にたってるって素晴らしいと思います。へんな表現だけど「熱い奴」「壊れてる奴」なんだと思う。いっつも何か面白い事がありそうな良くも悪くも何か起こしそうな(笑)オーラを発散してる。そういう人って一緒に居ると楽しいしクリエイトするものにも何かある!人に対して厳しい思いやりも持ってるし、自分に対しても厳しさを持ちつつ、ユルい所はユルユルさ加減がサイコーではないでしょうか(笑)。

逆に、光田の「これだけはカンベン!」というところ、または「おいよ〜! それちょっとまずいっしょ〜!」というところを、どうぞご遠慮なく書き連ねてください!!

別に無いかな(爆笑)。かと言って聖人君子でもない(笑)。大体、私自身が「ゴカンベンな奴」だと思ってるので人のこと言えない(笑)。
あーそうだ、人との会話とか仕事の中で、逐一ムカついたり悩んだり転んだりしてるハズ(と思ってる)なのに、その瞬間は感情を隠そうとしつつ直後に爆発させるのは止めようよ(爆笑)。

最初にKALTAさんのところに、ゲーム「クロノ・トリガー」のアレンジ・ヴァージョンCDのお仕事のお話が来たとき、どんな風にお感じになりましたか?(それまで、ゲーム音楽というものの存在についてはご存知でしたか?)

もちろんゲーム音楽の存在は知ってましたが、それがオリジナル・サントラやアレンジ・アルバムになるなんて全然知らなかったです。でもアシッドジャズ系にしたいって話でしたし、実は自分にとってもCD制作はあれが初めての経験だったのでとても楽しみにしてました。「これから何が起こるんだろう?」って。

あの作品(クロノ・トリガー)は、光田の作曲家としてのデビュー作だったのですが、その当時、光田の音楽をどうお感じになりましたか?

正直言って最初はよく解りませんでした。というよりあんまり深く聴いてなかったかな(笑)。本当にぶっちゃけた話、当時はまだ私もゲーム音楽をどこかでバカにしてる一派だったと思います。それにアシッドジャズにするには余りにも元曲がかけ離れていて「これ一体どうすればいいんだっ!」って自分の作業に必死でもありました。が、仕事が進むにつれてみっちゃんの曲は実にアレンジャーにとっても美味しい要素をたくさんもってる事に気が付きはじめました。それからは貰ったオリジナルサントラのCDを車で聴いたりとかしてましたよ(笑)。後になってから『クロノトリガー』のゲーム事体もプレイしたんですが、その時はじめて「サントラ」として良く出来てるもんだな、と思ってその「意味」を感じる事が出来た記憶があります。

その後、ゲーム「トバル No.1」の音楽や、「ゼノギアス」のアレンジ・ヴァージョンCD「クリイド」の制作(どちらもアレンジで参加)を通して、光田の音楽の印象は変わりましたか?

核になってる部分は変わってないと思いますが、どんどん光田の要素がアブストラクトされてきて美味しくなってると思います。私が言うのもおこがましいんですが、どんどん力をつけて、比例して音にも力が出て来た気がします。とくに『ゼノ』の時には余計な力が随分抜けて、かわりに光田の色が濃くなってソフィスティケートされてきた印象を受けました。「これはアレンジするのが楽しみだ」って気持ちが引き込まれるようなサウンドになってました。私自身もアレンジャーとしてみっちゃんの曲がすごく、なんて言えばいいのかな‥‥感じられるっていうか、そこに行けるっていうか。一緒に何か作る経験が増えれば増える程お互いにしみ込んで来るものってのもあったと思うし。そういう意味で私もみっちゃんの欲しい所が増幅できたと思うし、みっちゃんもそういう余地を作ってくれて「一緒に完成させよう」みたいな、その音楽を聴いたり扱ったりする人に自由を残した音楽になっていたと思います。私は音楽にとってそれは素晴らしい事だと思いますし、だからこそあんなアルバムが完成したんだと思います。

最近は、KALTAさんご自身もゲーム音楽の作・編曲を手掛けられているようですが(よろしければ、それらの作品をここに一通り挙げていただけますか?)、ご自分が主体となってゲーム音楽というものに関わられるようになって、改めて「ゲーム音楽」というジャンルをどうお感じになりますか? それに対する印象は変わりましたか?

作品ですか?!(笑)64の『64で発見たまごっち みんなでたまごっちワールド』という長々しいタイトルな割に双六みたいなゲーム(笑)。これはサントラも発売されていて、ジングル込みの72曲マシンガン収録!サントラ発売日から、もうバラエティー番組やワイドショー番組で使われまくっていたので、きっと皆さんも耳にされている事と思いますよ。64なのに歌まで載せちゃった(笑)。

それから、GBの『ロボットポンコッツ』と64版の『ロボットポンコッツ・7つの海のカラメル』ここまで3つのゲームは現在『O(オー)』という名前で活動しているユニットと一緒に作ってます。GBの『ロボットポンコッツ』の音楽は3音ポリ+ノイズトラックだけにも関わらず「音数が多くてウルサイ!」って事で評判です(苦笑)。

それから、DCの『スーパープロデューサー・目指せショウビズ界』というゲームで、これはユーザーがゲーム上でアレンジやリミックス的な事が出来て、それで自分のキャラを育てて売り出すというバーチャル・プロデューサー・ゲームのBGMもやりました。音楽ゲーなんでBGMも力入ってしまって、かなり濃いめのトリップ・ホップ、デジロック、テクノ系のサウンドが押しつぶしてくれます(笑)。これもつい先頃サントラが発売になりました。

あとはみっちゃんや吉良さんも参加してる64の「爆ボンバーマン2」にも参加させてもらってますし実は今月から某社の某ソフト(笑)の音楽制作に入ってるんですよ。

自分でゲーム音楽を制作するようになって‥‥ですか。とにかく大変な仕事ですよね。曲数が多いのもさることながら作曲したり編曲したりする以外の作業に時間をとられるし、しかも音色の容量だの発音数だの普通の音楽制作に比べると制約も多い。ひと昔前だとおそらくコンピューターの専門的知識も今より全然必要だったろうし制約ももっとキツかったはずですから、その中で効果的なBGMを作るというのは大変な作業だった事は容易に想像がつきました。音楽の知識だけでもコンピューターの知識だけでも出来ない、ある意味DTMなんか無かった時代には、音楽がやりたかったら楽器の演奏という特殊技能を身につけなければならなかったのと同様に、特殊専門職、ゲーム音楽演奏家みたいなものだったのだと感じました。それを否定するというのは、まんま自分のような音楽家を否定する事に近かったんじゃないかと。

でも、今のハードはすごく進歩してるから音質や機能も日進月歩だし、普通のミュージシャンでも打ち込みが出来ればゲーム音楽を作れたり、逆に楽器が出来なくてもDTMが出来れば作ることも出来る。もちろん、普通にレコーディング制作した楽曲だって直接ゲーム音楽として載せることもできる。どんどん垣根が無くなってきている訳ですから、ゲーム音楽も「音楽」という一つのエンターテイメントとして、言い方は悪いですがBGMに成り下がってるようなものではなくて「音楽」としてのスタンスを確立していかなければならない時期に来てる気がします。他の音楽と同じ土俵の上でも向き合えるようなものを提示して行かなければ「ゲーム音楽はゲーム音楽」という事になりかねないじゃないですか。映画のサントラみたいに、音楽界で人気のあるアーティストがゲームのサントラを作るようにもなるし逆にゲームのサントラからヒット曲が出るかもしれない‥‥というより、そうしていかなければならないと思うようになりました。

自らゲーム音楽を手掛けられるようになって、光田の音楽とKALTAさんご自身の音楽の持ち味の違いなどを実感されるようなことはありますか? KALTAさんと光田の音楽の違いは、ズバリ、どこでしょう?

ありますよ、音楽家としての活動が作曲から始まった事と、演奏から始まった事の違いとか、メロディーメーカーとトラックメーカーの違いとか。おもしろいもので、例え全く同じ音源や音色を使って作編曲をしても驚くほど違うものが出来上がるんですよね。でも、多かれ少なかれお互いに影響を受けて変化してる。先にも言ったように、目指す先は格好良かったり気持ちよかったりって同じなんだと思うんですよ。その手法が違うから「格好良さ」とか「気持ちよさ」も違うだけで、共通言語もたくさん持ってるんですよね。何を言ってるのかよくわかんないですけど(笑)ズバリ! 顔が違って脳味噌も違う。余計にワカラン!!

ゲーム音楽以外で、最近KALTAさんが手掛けられているお仕事(フォルダーとか・・・?)を教えて下さい。

最近はavexの『Folder』ぐらいです(笑)。あー、そうでもないかな(笑)。『Folder』に関しては、結構売れた『I Want You Back』というジャクソン5のカバーシングルで、同じくジャクソン5の『ABC』という曲のカヴァーアレンジをしたりもしてます。3月に発売になった『7Soul』というアルバムでは作詞作曲編曲で1曲提供してます。作詞もしちゃいました(笑)。

あとはみっちゃんの『銀色のライカ』が収録されているコンピ盤『TEN PLANTS2』では植松さんの『明日の天気』と林さんの『みみーちゃん』のアレンジを担当してますが、同じアレンジャーとは思えない2作品ですか?(誰にきいてるんだっ!)

ドラマーとしては、ここ2年来レギュラーで活動しているジャズ系のピアノトリオ『TANAKA Nobumasa KARTELL』というバンドのアルバムが6月23日に発売になります。ちょっと宣伝させて頂くと、アルバム・タイトルが『Odd Or Even』でイースト・ワークス・エンターテイメントというレコード会社から発売されます。このピアニスト『田中信正』は実は先のみっちゃんの『The Brink Of Time』でも2曲、ピアノとエレピで参加してるんですよ。

他には、小林武史さんの事務所『Oolongsya』のアーティスト『七尾旅人』の『雨に撃たえば』というアルバムで2曲、CDGrooveという番組のテーマ曲にもタイアップされてる『櫛引彩香』ちゃんのアルバムでも2曲等々‥‥ドラマーとしても頑張りつつありますです。遅咲きを目指して着々と(笑)。

どんなお仕事をされているときが、一番楽しいですか?

私はレコーディング・スタジオという所が大好きなんですよ(笑)。作編曲家としてもドラマーとしても、いつも「ここが自分が一番居たい場所だ!」って思うんです。やっぱりなんにしても常に『大槻"KALTA"英宣』の存在が必要とされてる仕事は幸せですし、どんなに辛くても乗り越えられる楽しさがあるんです。

KALTAさんは、依頼されるどんな音楽も器用にこなされているようにお見受けしますが、音楽ジャンルにおけるご自分の得意分野はどの辺だと思っていらっしゃいますか?

これも自分でもよく解らないですね(笑)。打ち込み作編曲家としてはやっぱりダンス物系が得意な気がしますし、自分でも一番しっくりくるかな。自分が演奏家でもあるって事もあって、打ち込みを使って音楽制作する場面では「生演奏ではできない、打ち込みでしか表現できない最大限の魅力」って事に意識があるので、やっぱりテクノとかトリップ・ホップ系とかが面白い。ただ、自分はミーハーなんで(笑)人が「こうしたい」とか「こういう音楽面白いよね」とかって依頼されると、結構その音楽が好きになってのめり込んだりしてしまうので、その都度得意分野が変わっちゃうのかもっ(笑)。『CREID』やった時もケルト音楽系に随分はまったもん。

今後、どういった方向にご自分の活動の場を持っていきたいとお考えですか? そして、ズバリ、KALTAさんの将来の夢は!?

そうですね〜、やっぱりアーティストとしての自分を何処かで確立していきたいです。吉良さんなら『ザバダック』という自分のホームグランドみたいなのがあって、何処でどんな仕事をなさっていてもそこには『吉良さん』というブランドみたいなのが存在しますよね。みっちゃんもそうだし‥‥私も「これが今、皆さんに聴いて欲しい私のサウンドです!」みたいな作品を世に送りだしたいですよ。仕事という点でいえば、今はもっとJ−POPS系の仕事を色々とやって、より多くの皆さんに自分が音楽で受けた感動を還元していきたい。それが、自分が一番人の役に立てる仕事だと思うから。

で、最終的な夢は‥‥家族とか友人とか、音楽を通して知り合った皆さんや、音楽仲間、といった愛すべき人達に囲まれて、みんなで楽しく幸せになって「あー、なんて幸せな人生だったんだろうね!」って笑いながら死んでいきたい!享年100歳以上!! 私はね、音楽家は幸せになる為に音楽を選んだ人達なんだって思うから、みんなで幸せにならなきゃいけないと思うんですよ!

光田とは、これからどんなお仕事を一緒にやってみたいですか?(あ、もうやりたくなかったりして・・・)

何でもやってみたいですよ! 特にみっちゃんが全くのオリジナルアルバムを制作!それにアレンジャーとかリミキサーとかドラマーとして参加させてもらっておいてからにメチャクチャに引っ掻き回してしてやりたいです。(冗談のつもり(笑))
違うモノを持ってる人たちでも、似たようなセンスの人たちでも、一緒に何かを作るって誰も予想もしなかったようなモノが出て来る可能性を秘めてるんですよ。意見がぶつかったり音がまとまらなかったりしてるうちに、人と人とは足し算ではなくて掛け算になれる可能性がある。みっちゃんと私はそういう「掛け算」な関係を持ってるって勝手に思ってますから(笑)。

では、今後の光田に一言!(一言じゃなくてもいいです)

愛してます!ジジイになってもたまには酒飲みながら下ネタでイケる友人でいたいですね(笑)。みっちゃんはどんどん素晴らしい音を作ってるから、もっともっとたくさんの人に素敵な世界を提供していって下さい!んでもっと有名になってね、自慢するから(笑)。私なんぞで役に立てる事があれば何でも協力させてね。(営業のつもり(笑))
 そうだ、私も頑張るからそのうち「おい、見ろよ!すっげー!光田とカルタが酒飲んでるよー!あの2人友達だったんだ〜。」ってどっかの飲み屋で言われるのが目標ってのどう?(笑)とにかく音楽家は不摂生だから(笑)身体を壊さない程度にがんばってね。

最後に、これをご覧になられている皆様に、お言葉をお願いします!

「お言葉」って‥‥(笑)教祖様じゃないんだから(笑)。みなさん、長々とした文面に最後までおつきあい頂いて本当にありがとうございました(笑)。みっちゃんもこのHPを見に来て下さるような皆さんに支えられているのは確かな事だと思いますのでこれからも『愛すべき熱き男(壊れ気味)光田康典』と、ついでに私も応援し続けて下さい(笑)。あと、BBSとか覗くとこのHPに来てる方の中には、ゲーム・ミュージック・クリエーター等を目指して頑張ってる方も多いみたいですね。みっちゃんみたいになるには、並々ならぬ努力と忍耐、決断力とその決断を裏付ける実力、そして何よりもロックだとか、ケルトだとかってジャンルに捕われずに「音楽」が好きでより多くのものを吸収し自分のものにし続ける「鍛えられた耳」が必要です。悩んだり考えたりしてる暇があったら少しでも多くの曲を作り、より多くの事に挑戦するテンションをキープできる程に「音楽」が好きであって欲しいと私は願っています。私はそういう光田の姿を見て来ました(他の姿も見てるけど(笑))。頑張って夢を叶えて下さい!

最後に宣伝くさくて申し訳ないですが(笑)もしこの「お友達コーナー」を見て『大槻"KALTA"英宣』やその活動に興味を持って下さった方がいらっしゃいましたら、是非下記宛にメールなんぞ送って頂けると嬉しいです。私も6〜7月頃にはHPをオープンしたいと思っているのですが、それまではダイレクト・Eメールで制作活動近況やCDリリース情報やライブ情報等をお送りさせて頂きますので是非宜しくお願いします!!

kalta@ra2.so-net.ne.jp

それでは、いつかその辺で皆さんにお会いできる事を祈りつつ‥‥

PS:インタビュー遅くなってごめんなさい!

KALTAさん、体調不良のところ、じっくりお答え下さってありがとうございました。その後、お体大丈夫でしょうか? それにしても、相変わらず色々とパワフルに活動されてますね。でも個人的には、KALTAさんといえば、超カッコいいドラマーとしてのお姿が目に浮かびます。ジャズ・ライヴを見せていただいたことがありますが、いやあ、かっこ良かったっす! これをご覧になられている皆様にも、ぜひ見ていただきたいお姿ですね! 光田には光田にしか出せない味があるように、KALTAさんにはKALTAさんならではの強烈な個性があるように思います。(それを他の人の作品の中にも上手く溶け込ませているところが、KALTAさんのアレンジャーとしての才能なんでしょうね)その持ち味を損なうことなく、これからもイケてる音楽、創り続けて下さい。光田とも、お互い刺激しあって、よりレベルの高い、そして前人未到の音楽世界をそれぞれが築き上げていっていただきたいな、と思います。
ではでは、そんな良きライバル(?)光田からもメッセージを!!

一番最初にかるちゃんと会った時えらく体調が悪そうだったのをよく憶えてます。かれこれ5年ぐらいのつき合いになるのかな〜。早いね〜。かるちゃんと一緒に色々な作品を創ってきましたが、どれも濃い内容でどの作品も面白い出来になっていると思います。生録音に関しては全くの無知だった僕は、かるちゃんから学ぶものが沢山ありました。そして、独特な「かるちゃんアレンジ」は僕に衝撃をあたえてくれました。そのいい例が「ガンハザード」だと思います。この作品ではクロノトリガーのアレンジ「ザ・ブリンク・オブ・タイム」で習得した、「かるちゃんアレンジ」の技を多用させていただきました(笑)。あと、一番良かったのは、スタジオワークというものが楽しくてしょうがないと思わせてくれたことだと思います。なんかちょっと褒めすぎかぁ(笑)。

これからライブ、アレンジ、作曲、プロデュースと色々な方向で頑張って下さいね。そして僕がライブやる時や、レコーディングでドラムが欲しい時はぜひお付き合い下さい。よろしく!

PROCYON STUDIO