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【2000年3月 工藤順子さん】

まず始めに恒例の生年月日・星座・血液型なんですが・・・(麗しき女性ゆえ 質問却下も認めましょう。でもなるべく正直に。笑)

生年月日:ムムム...ゲホゲホ...、1月20日。(なんだ、光田さんより、ほんの1日だけお姉さん!)
星座:山羊座か水瓶座かはっきりしない。占いは、ラッキーな方を信じる事にしています。
血液型:AB(他人の血液11人分入っています。一部改造人間なのだ。) 

光田康典とは、いつ頃、どういうきっかけで知り合ったのですか?

事務所経由でいただいた『CREID』の作詞の件で。
スクウェア(光田さんがまだ所属中で、佐久間真人さんが入社をあっさり断わられた会社)に隣接する、目黒雅叙園の喫茶室...、そこで行われた打ち合わせが、記念すべき初対面でした。

その時の印象はどんなでしたか?

我が美人マネージャーS女史に連れられて、初めて足を踏み入れた、目黒雅叙園...。 うわっ! 此処は何処?
ゴージャス過ぎてあまりにもキッチュ、ニッポン過ぎてあまりにも無国籍。長い長い廊下を、頭クラクラ...、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて...、やっとたどり着いた喫茶室。そこで迎えて下さった、光田さん、KALTAさん、舩山さん。これまた、皆さん「何処のお方?」...の、無国籍なお顔立ち。ますます、頭クラクラ...ますます「此処は何処?」...でした。

ゲーム経験も無いし、『ゼノギアス』が何たるかも、まったく知らなかった私は、「スト−リ−を読ませて下さい。」と、簡単にお願いしました。それが、どんなに大変なお願いか知らずに。後日、光田さんは、気が遠くなるほど、恐ろしく膨大なる長大なる脚本の、すべてを印刷し、届けてくれました。私の両手でやっと持てる程の重さでした。 ふ〜〜〜っ。
良いモノを作る為には、労力を惜しまない誠実な人なんだなあ、と、感激しました。

それから、『CREID』レコーディング中に、佐久間さんの第一回個展DMを配りまくりました。 皆さん「行けたら行きます。」って言ってくれたけど、実際来てくれたのは、一番忙しそうだった光田さん!なんて、言葉に嘘の無い誠実な人なんだろう、と、またまた感激しました。

それからいろいろあって(お友達になってみて)、今の彼はどんな感じ見えますか?

第一印象と、全然変わらないですね。 相変わらず、好青年です。
あ、でも、結構「天然」入っている事に、最近気づきました。
だから、可愛いさと、憎めなさ、がプラスされたかな。

逆に、ご自分は彼にどう思われていると思いますか?

変なオバハン。

光田康典のステキなトコロ(あれば!)と、逆にこれだけはカンベン!ってトコロ(いくらでもどうぞ!)を言ってみてください。

ステキなトコロ:
スクウェア(佐久間さんが入りたくて入れなかった...あ、もういいか...)みたいな立派な会社を、スパッと辞めた事でもわかるように、潔い生き方をしているところ。 力こぶも作らずにね。
あと、少女漫画に出て来る、麗しき吸血鬼(?)といった感じの犬歯が、なかなか耽美的でよろしいです。

これだけはカンベン!ってトコロ:
うちのペケコ(ポスペのネコ)を迷子にするのは、やめて下さい。
私の男友達を、全員恋人だと思い込んでて、「たくさん恋をするのは、良い事で〜す。頑張って下さ〜い。」と言うのは、やめて下さ〜い。

この先、光田と一緒に仕事をするとしたら、どんなことをやってみたいですか?

実は......、ああっ言えない。 まだ言えない...。

ここからは、工藤さん個人について、お聞きします。作詞家として初めて人に曲を提供したのは、何歳の時ですか? また、そのデビュー作は?

プロとして、ですか?
実は、職業を問われても、恥かしがらずに「作詞家です。」って答えられるようになったのは、わりと最近なんですよ。 えへへ。
ヴァ−ゴ・ミュージックに入って、初めて「ラララ〜♪」で歌われた曲を貰って、詞をつけました。 遊佐未森さんの歌声でした。確か『桜』だったと思う。 これがプロデビューだとすると、もう10年以上も前ですね。
何歳の時ですか? って...、おっと、アブナイ!

今までの工藤さんご自身の作詞ベスト3は、誰に提供した、何という作品ですか?

選べないです。 選びたくないです。 選んじゃいけない気がします。 選べても言えないです。

作詞家のお仕事をしていて、嫌になったことはありますか? それはどんな時?

う〜〜ん、無いですね。 毎回、面白いです。
...あ、嫌、という事とは違うけど、ちょっとだけ...。 
ここのBBSにも書かれていたりしますけど、「曲に歌があると邪魔」って言われると、出番が無くて、ちょっと淋しい。でも、そうなんです。 言葉は、頭を経由して、やっと心に届くでしょ? ストレートに心に届く、メロディーや、絵なんかにはかなわないところがあるんです。
その上、言葉はメロディーよりも、情景や心情を限定しますよね。だから、自分の状態に合わないと、本当に邪魔なんです。私も好き嫌いが激しいので、聴きたい詞は少ないです。 歌の無い曲を聴く事の方が多いです。 (あらら...。 変なとこに着地しちゃった。)

逆に、作詞家のお仕事で、喜び(幸せ?)を感じる時はどんな時ですか?

光田さんも、もちろんですけど、やっぱり、才能ある人達に出会って、触発し合って、って時かなあ。
自分の好きな事を追求し続けていると、いつの間にか、仲間に囲まれているなんてね。 ...しみじみ幸せ。

同じ作詞家として、一目おいている人物(ライバル? 師匠?)はいますか?

昔々、アマチュア時代に、大先輩、岡本おさみさんから貴重なアドバイスをいただきました。 とにかく言葉を削る事。 文法にとらわれない事。役に立っています。
あと、原マスミさん、戸川純さん、サエキけんぞうさん、ムーンライダーズ、初期のゼルダ、なんか好きですね。でも、最近、感動して涙が止まらなかったのは、高田渡さんのシングル『さびしいと いま』のC/W、『ブラザー軒』。 凄いです。

頭の中に、絵を描いてくれる詞が好きです。私も、言葉で絵を描くつもりで書いています。聴く人が、頭の中で、それぞれの画材で、それぞれのタッチで、再生してくれればいいな、と思って。

作詞家でなかったら、自分は何になっていたと思いますか? あるいは、この先もし作詞家をやめたら、何をしたいですか?

病弱で、自律神経失調症で、対人恐怖症で、朝起きもできないおこもりさんで、不登校で、学校中退で、就職もできず、結婚もせず(「できず」ではない、「せず」ですっ!!)......
...こんな私に残された、たった一本の花咲く道...、それが...それが、『音楽』だったのです 。
細く曲りくねっていようが、どんなに険しかろうが、この道の他、私に何がありましょう?

最近、楽しかったこと、嬉しかったことは? また、腹が立ったこと、悲しかったことなどはありますか?

楽しかったこと:
みとせのりこさんが、インテリア等を担当されている紅茶屋さんがあります。 そのお店の店主さんが、私の詞のファンでいて下さって、この間、みとせさんと一緒に、私一人の為に、お店を貸し切り開店して下さいました。おいしい紅茶に、おいしい手作りケーキ。 後で、佐久間さんも加わって、隣のインド料理屋さんからとったカレーを食べながら聴いた『隣のインド人』は絶妙でした。

腹が立ったこと、悲しかったこと:
動物プロダクションの虎、薬殺。 何故?

最近、これは良かった〜!!と思うモノ(映画・本・CD・絵画・人・動物・場所などなど・・・ 何でも結構です)

Fisherman Tit Tot(福原まりさん、ヤプーズ中原信雄さん達のユニット)のアルバム、『The instant Fisherman』に、ハマっています。
なんと、光田さんもハマってくれました! 嬉しい!
え? てんさくさんも? 嬉しい! 嬉しい!
佐久間さんも完全にハマって、個展会場で流していたんですよね。 本当に良いですよね、これ。 すご〜くマニアックだけど(だから)。 光田さんは、1曲目と2曲目がお気に入りなんですね。 私は3曲目、5曲目も好きです。

好きなアーティストのベスト3を教えてください。(仕事うんぬんは抜きで。ミュージシャンでなくてもいいです)

大野一雄さん(1906年生まれの舞踏家)
空に向かって伸びるバレエとは対照的に、土に、胎内に、過去に向かって縮こまる人。
白塗り、フリルのドレス、震える指先で、空間いっぱい、見る人の見たいモノ、見なくてはいけないモノを描いてくれる人。
『わたしのお母さん』は最高に、美しく、悲しく、暖かい。

熊田千佳慕さん(1911年生まれの生物画家)
虫を捕まえずに、虫の高さに這いつくばって観察するため、行き倒れの老人に間違えられてしまう人。 
切って捧げる「献花」を、「生け贄」と呼んで嫌う人。
花びら一枚に一週間かかったという『昆虫記』の、実物を見てみたい。

フジコ.ヘミングさん(かなりお年のピアニスト)
お腹を空かせた野良猫や、本に挟まれて潰れた小さな虫にも、眠れなくなるほど心痛めてしまう人。
深い深い悲しみを表現できる人。
リストの『カンパネラ』は圧巻。 ただただ涙...。

高齢のアーティストばかりになりましたが、彼等の芸術には、消えていくモノ達への、愛、悲しみ、いたわり、感謝、がいっぱい。 長く生きてきた彼等は、いったい幾つの別れを知っているのかしら。 彼等の芸術に触れると、今、皆さんとこうやって生きていられる日々が、ますます、愛おしくなります。

工藤さんが今後、ぜひ詞を書いてみたい、と思うアーティストは? また、その人のためにどんな詞を書きたいですか?

光田さん、歌わないんですか? うんと、マニアックなもの、書かせて下さい。

工藤さんの猫好きは関係者の間では(?)有名ですが、どうして猫が好きなんですか?(いつから好きになったんですか?)

猫を語ると長いですぞ。 いいんですか?
精神的にも身体的にも超ハードな、暗黒時代真只中の中学生の頃。(改造人間になったのも、この頃。)
大分の実家近くで、田んぼに落ちて鳴いている(泣いている)黒い仔猫を拾いました。 洗ったら白に黄色のブチだったけど。 あまりに、ガリガリでバッチイ仔猫は、両親に『ペケ太』と名付けられてしまいました。 (ポスペのネコが「ペケコ」なのは、最初のこの子を記念して...なのですよ、光田さん!)
彼の名誉の為に書き加えますが、ペケ太君は、後に丸々太って、毛並みもつやつや、賢い男の子に育ちます。

今思えばだけど、ペケ太君は、あの頃の私に「学校生活や、人間関係だけが世界のすべてではない。」って教えてくれたんじゃないかなあ。 彼の視線の先にある、草むらの深さ、空の高さ。 彼の毛並みに降る陽光の美しさ。 狩られる生命、食べられる生命の、悲しさ、尊さ。
ああ...、世界は広いな大きいな♪ ...高いな深いな綺麗だな♪
あのまま、学校生活や、人間関係だけが世界のすべてだったら、私は、とっくに窒息死していた事でしょう。 こうやって今、作詞家などと偉そうに名乗って、皆様の前に出る事もなかった事でしょう。
音楽と猫は、命の恩人です。

あれから、犬も鳥も虫も含めて、いったい何匹拾ったでしょうか。
今も、実家では、「ある日、遠慮がちに茶の間の炬燵に入っていた、ひなちゃん」と、「ある日、庭の柿の木の下で途方に暮れていた、シロちゃん」の二匹が、両親と共に元気に暮らしています。暗黒時代を抜け出し、すっかりノーテンキなオバサンになってしまった今、猫が好きな理由はただ一つ。
「だって...、めっちゃめちゃ可愛いんだもんっ!!! うふ!」
(...失礼致しました。) 

お友達の佐久間真人さんに、「おじゃる丸」と呼ばれてしまいましたが(先月のお友達コーナー参照)、ご本人としてはそれについてどう思われますか? 何かご反論は!?

小っちゃいもの倶楽部入会資格充分有り。 前髪揃ってる、瞳孔開いてる。(光田さんも、赤目写真仲間!)まったり、のんびり、好奇心はあるけど、動くの面倒。 おんぶはしてもらえないけど、光田さんの愛車には、遠慮無く乗せていただく。
...ああ、やっぱ、似てます。 認めます。
それまでは「妖怪幼稚園ババア」とか「**10年後のみどりちゃん(by少女椿)」とか言われていたんですから、それに比べりゃアナタ...ねえ...。

ついでに(笑)工藤さんと光田は姉弟では?ともっぱらの噂(?・・・お顔が似てらっしゃるんですよね)ですが、それについてはどう思われますか? 何かご不満は??

昔々、ハンサムなケルト系イタリア人(?)の古楽器奏者が、日本公演に訪れました。 その時滞在した老舗旅館の一人娘と、許されぬ恋に落ち、生まれた男の子が、康典くん。(後に、縁故の光田家に引き取られていった。)ところがなんと、そのまた昔々、一人娘は、日本巡業中の笛吹きインド人と、これまた許されぬ恋に落ちていたのです。 その時、生まれた女の子が、順子ちゃん。
康典くんと順子ちゃんは、芸人のDNAの成せる技か、将来同じ業界で巡り会うのですが、康典くんのお顔は、そこはかとなくヨーロピアン、順子ちゃんのお顔は、あまりにもエイジアン、お互い、姉弟とは気づく事はありませんでした。

と、いう訳で、私はまったく気づきませんでした。
最初は、佐久間さんから指摘されたんですけど、その時も「へ?」ってな感じでした。その後、光田さんから、「実は、工藤さん、僕の姉にそっくりなんだ。」と言われてびっくり。 恐るべし、画家の眼力。 私は光栄! 一人っ子の私は、なんだかホカホカ嬉しくて「可愛い可愛い弟よ! おお、ヨシヨシ...。」って、ついつい頭なでなでしそうになるのを、いつも我慢しています。(逃げるなっ!)

光田ファンの皆様、そういう事で今回、証拠写真を公開しなくてはならなくなってしまいました。 前回、美人作詞家なんて、ヨイショされてたりしても「写真は出さないから、いいもんね。」と平気だったんですけど...。
(ああ、似てないです。 本当にごめんなさい!!)

それでは、今後の光田に一言!

光田さんは、そのままで充分大丈夫。
私の今後について、御相談があります。

最後に、ご自由にPRをどうぞ!(最近のお仕事、今度出る作品の告知などなど、何でも結構です! お仕事と全然関係ないことでもOK!)その他、これをご覧になられている皆さまに、何かお言葉をお願いします。

2000年、第一弾は、驚きのフェイント。
安室奈美恵さんのアルバムに、訳詞で参加。 緻密な職人技(?)を、披露致しました。

第二弾は、どんでん返し。
「ときメモ2 ヴォ−カルトラック」に八重花桜梨さんの作詞で参加。 繊細な女優魂(?)を、披露できるかと...。

そして、第三弾は...。
おじゃる丸なので、はっきり「いつ」とは言えませんが、今年中には(くらい言ってもいいかなあ?)、光田さんと......、ああっ、やっぱり言えないっ! まだ言えない...。 自信が無い...。 ...すみません...。

ではでは...。
もしも今あなたが、暗黒時代真只中にいらしたら...、大好きな光田さんの音楽を聴きながら、猫の背中でも撫でながら、長いトンネル抜ける日を待ちましょう。 少しずつ、恥知らずのオバサン(オジサン)になりましょう。
皆様が、素敵な春の日々をお過ごしになれるよう、お祈りしています。
長々と、お邪魔致しました!

工藤さん、どうもありがとうございました!
個人的に、工藤さんの書かれる詞(「書かれる」というより「描かれる」と言ったほうが自然でしょうか?)には物凄く魅かれます。誰が書いた詞なのか全く知らない時でも、「ああ、いい詞だなあ。これ、誰が書いたのかなあ」などと思ってチェックしてみると、やっぱり工藤さんだった、ということが多々ありました。かなりの確率でした。と言うより、工藤さんの書かれる詞は、とかく心の琴線に触れてしまうので、どんな時でもすぐに判ってしまった、と言ったほうが正しいかもしれません。私個人にとって、大切にしまっておきたい宝物のような詞が、沢山あります。
・・・と、今回はすっかり「いちファン」モードでコメントさせていただきました。これからもぜひ素敵な詞を書き続けて下さい。そして、光田と共に(姉弟で!)素晴らしい作品を世に残しましょう!!
では、光田からのメッセージです!

お姉さまとこうして同じ業界でお会い出来るなんて夢にも思っていませんでした。本当に幸せでございます。僕が初めてお姉さまを知ったのは、遊佐未森さんのファーストアルバム「瞳水晶」の中の「Destination」という曲で、その歌詞には、僕の住んでいた田舎の匂いをプンプンと感じさせるものがあり、とにかくそれまでの人生で歌詞によってあんなに泣かされたことはなかったのです。それからというものお姉さまの大ファンになったわけですが、その貴方がなんと僕の「お姉さん」だったとは・・・運命とは不思議なものでございます。(笑)こうして巡り合えたのも何かのご縁ですし、せっかくの機会なので姉弟写真でも載せましょうか!? ということで、本当に姉弟なのかどうか証拠写真を載せてみて、皆さまに判断していただこうと思います。(笑)
さて話は変わりますが、一つ誤解をされているようなのでここで言い訳をさせて下さい。僕がお姉さまに言ったとされている「たくさん恋をするのは、良い事で〜す。頑張って下さ〜い。」というのは、女性として美しくあり続けるための秘訣として言っているわけでして、決して変な意味ではないので誤解しないでくださいね。
やはりその美貌を損なわずに、いつまでも美しいお姉さまであってほしいと思います。そして、素晴らしい作品をこれからもどんどん創ってくれることを期待しております。
これからも貴方の弟として、末長〜〜くかわいがってやって下さい。
                                 弟より



〜秘蔵フィルム〜
またの名を証拠写真
コメント : 工藤順子

『深刻姉弟』
撮影    :佐久間真人
スタイリスト:みとせのりこ
監督    :てんさく

『幸福姉弟』
撮影    :佐久間真人
スタイリスト:みとせのりこ
監督    :てんさく

『銀色四人』
右から『銀色のライカ』の、曲を書いた人、絵を描いた人、
詞を書いた人、歌を歌った人

『我愛猫猫』
右が、ひなちゃん
左の黒い方が、シロちゃん
 
PROCYON STUDIO