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【2000年2月 佐久間真人さん】

まず始めに、生年月日、星座、血液型を教えて下さい。

1973年1月3日、山羊座のA型でございます。

佐久間さんは、現在、画家・イラストレーターとしてご活躍されていますが、実は佐久間さんのご実家は薬局で、佐久間さんご自身も薬科大学を途中まで進まれたんですよね。
その辺の、薬剤師の道を捨てて(?)、あえて画家を目指すようになったいきさつを教えて下さい。

小さな頃から絵を描くことが好きで、ずっと描き続けてきました。
薬科大学に進学した当初は、両立可能かなぁ…などとも思っていたのですが、やはりどちらも専門的な知識や技術を得るには時間がかかることがわかり、あらためて自分のやりたいことを考えて現在の道に進むことに決めました。
とはいえ薬科大学での経験や、そこに行くために学んだ化学や物理が今の作品づくりに随分と役に立っているので、それはそれで良かったのかもしれません。

今までに個展を何回か開かれていますが、最初に個展を開かれたのは、いつ頃、どこで、ですか?

きちんと個展として開催したのは過去3回です。
最初の個展は1998年2月銀座のボザール・ミューで企画していただいたものです。(デビューがお銀座でございます。)
そして、この個展で光田さんと初めて出会ったのでした。


作者近影(ウソ)
↑ご本人のコメントです(笑)

佐久間さんは、現在、愛知県にお住まいで、作品制作等もそちらでされているようですが、
こうして個展等も東京で開かれるようになり、東京でのお仕事の依頼も増え、
ますます活躍の場が広がっている今、東京にお住まいを移されるようなご予定はないのですか?

やはり、仕事での利便性を考えると東京住まいが魅力的ですねぇ。
あえて難点をあげるとすれば、大きな絵を描くスペースの確保が難しいということでしょうか…。
実はまだ名古屋の大学院に籍を置いておりますので、東京進出は修了後になるのだと思います。(1年後??)
でも東京へ行けるのであれば行きたいものです。(望:優秀物件)

東京ではなく、地元の愛知県でお仕事をされることは、東京で作品制作されるのとは
また違った感覚でできるのでしょうか?
制作環境は、やはり愛知のほうが東京よりもより良いですか?

愛知で制作を行うことで制作と発表の頭の切り替えがしやすいのかもしれません。そしてひとつ前の質問の続きとなってしまうのですが、現在6畳、4.5畳、台所、風呂、トイレ、これで家賃31500円。駅まで徒歩3分、名古屋まで15分、東京まで2時間15分の物件に住んでいるのですが…(かなり魅力的でしょ?)大きな絵やイーゼルがゴロゴロしているせいで部屋が狭くてまっすぐ眠れてません。制作にかなりのスペースが必要なのでこれ以上狭いと・・・
家賃などの面ではやはり格段に愛知の方が楽ですねぇ。さらに、近くに鳥山アキラ様、イチロー様御殿もありますし。
でも、東京の方がいいのでしょうねぇ。(求・優秀物件)

昨年の7月頃、某テレビ局の「たけしの誰でもピカソ」という番組にご出演されていましたが、
どうして出演されることになったのですか?

これは、昨年5月のデザインフェスタに出展したとき、ディレクターの方に声をかけられたのがキッカケです。(おべんとうをくれると言ったので)

そのテレビ出演のときのエピソードが何かございましたら、教えて下さい。

まず約束どおりおべんとうがもらえました。そして北野武さんが本当にいることがわかりました。収録中、4mのエバンゲリオンの刀が落ちてきて死にかけたりもしました。収録後には、満里奈ちゃんとお話ができました。するとそこにオリビエーロ・トスカーニ氏が現れ「頑張れ!」と握手を求められました。迫力に圧倒されました。(満里奈ちゃんとの会話が…)

番組出演が、その後の佐久間さんの作品制作に、何か影響を与えましたか?

コンビニと学食と事務のオバさん(オネエサマ)に「テレビに出た人でしょ」と言われとても励みになりました。
そして収録後の数日間(往復切符の有効期間内)で東京の出版社をまわることができたおかげで仕事(パロル舎『ミステリアス・クリスマス』表紙など)が見つかりました。旅費を出してくださった制作会社様に感謝。

では、ここで、光田とのお友達関係についてご質問いたします。
まず最初に、光田とお友達になったきっかけを教えて下さい。
(いつ頃、どこでお知り合いになられたのですか?)

あれは… 初の個展のときのことでした。美人作詞家の工藤順子様のご紹介でめでたく光田さんと出会うことができたのでした。(ちょうど光田さんと工藤さんが一緒に『クリイド』の御仕事をされた後だったのです。)

佐久間さんからご覧になった光田の第一印象は、どんな感じでしたか?

好青年! きちんとしていそう! カッコイイ! ホリが深くて目が大きい!(・・・私とちがって。トホホ・・・)
また後で触れますが、実は私はすでに光田さんのことを知っていたのですが、このとき光田さんがその人だとは気がついていなかったのでした。

こうして数年お付き合いしてみて、現在の光田の印象は以前と変わりましたか?
それとも変わらないですか?

よりいっそう人の善さがつたわってまいりました。
そしてなにより作品を聴かせていただいたり一緒に御仕事をさせていただいて制約のある条件のもとでもご自分を表現することのできる実力のある人だなぁ・・・ということを強く感じました。

佐久間さんと光田との仲介役(?)であった工藤順子さんですが、
その工藤さんとお友達になったきっかけも教えて下さい。

やはりこれもデザインフェスタがキッカケなのです。私が絵を展示していると、全身黒づくめの怪しい男の人が「イヤー、私の友達の工藤さんが好きそうな絵だ〜〜〜」と声をかけてきました。そして、その怪しい男の人(300日画廊主催者佐藤さん)の紹介で美人作詞家の工藤さんにお会いすることができたのです。

ついでにご質問(笑)。その工藤順子さんの、第一印象は? 
そして、こうして数年お付き合いされてみての現在の工藤さんの印象は?
(だいぶ変わったのではないかと思うのですけど・・・笑)

とても美しい人だ!!
実は、私は10年来の工藤さんのファンでして、感動しました。
そして・・・現在、その、なんというか、えっと・・・・・んー
容姿、性格ともにほぼ『おじゃる丸』であることがわかってきました。そういえばこの間「光田さんて、こんな私を姉に持って、なんて幸せな人なのかしら…」と言っておりました。(光田さんと工藤さんは正面から写真に撮るとよく似ているのです。工藤さんが光田さんのお姉様に似ているという情報も・・・)

昨年10月に発売された「テンプランツ2」というオムニバス・アルバムに、
光田が作曲、工藤さんが作詞の「銀色のライカ」という1曲が収録されていますが、
CDブックレットでのその曲の紹介ページに、佐久間さんの描き下ろしの絵が掲載されています。
そうなったいきさつを教えていただけますか?

光栄なことにも、個展で光田さんが私の絵を気に入ってくださって、何か一緒にできたらよいですねぇ、と以前からお話をいただいておりそれが『テンプランツ2』の『銀色のライカ』で工藤さんも交えた形で実を結んだのです。
実は、未発表なのですが… 私の書いた物語『ひよどりの唱』(絵本)に光田さんが曲をつけてくださった作品が存在しているのです。カッコイイですよ…

「銀色のライカ」制作時のエピソードが何かございましたら、教えて下さい。
(最初に描かれた絵というのが、工藤さんからボツ喰らったそうですが・・・笑)

テーマに沿って制作を始めたのですが、光田さんの作品を聴いて工藤さんが作詞をし、工藤さんの作品をみて私が絵を描く。工藤さんの作品をみて光田さんが作曲し、そして私が絵を描く・・・など、お互いの作品に刺激され、グルグルと・・・色々とアイディアがあがり、何パターンか作品ができてしまいそうな・・・そしてまとまった姿が、皆さんが御覧になったものなのです。
私の描いたイラストに関して言うと、実はもう一枚完成している作品があるのです。なかなかいい絵ですよ。(自画自賛)

今度、光田と工藤さんと佐久間さんで何か作品を創ることになるとしたら、
どんなものを創ってみたいですか?

テンプランツ2の時もそうだったのですが、光田さん、工藤さんの作品に触れると、不思議と次々とイメージが広がって行きます。
物語性のあるものや、3人それぞれの個性、趣味の世界にトコトン突っ走ったマニアックなものなど何かものすごく厚みのある、迫力のある作品を作ってみたいです。際限なく創り込んでどこまでも行ってしまうような・・・

そういえば、かつて佐久間さんは(株)スクウェアのグラフィッカー募集の応募をされたことがあったそうですが、その時は結局ダメだったんですよね?(あ、触れられたくない過去ですか?笑)
今にして思えば、スクウェアでグラフィックのお仕事をするというのは、佐久間さんとしてはどうですか? やってみたいですか? 
それとも、あの時落ちていたからこそ今がある、という意味で、逆に良かったと思っていますか?

そう、あれは忘れもしない・・・
そして私は今の大学に入るまでの間、一瞬(7ヶ月間)地元でサラリーマンをやることになったのです。今になって思うと、果たして当時の実力でスクウェアで仕事ができたか?というとやはり疑問があるように思いますねぇ。
最近やっとコンピューターを購入し少しは使えるようになったことですし(落ちた理由にコンピュータを使えない人は×というようなことが書いてあったような気が・・・)今後チャンスがあったらおもしろいかと思います。(フフフ)そうそう、私がこのスクウェアのグラフィッカーの募集に応募したキッカケは実は光田さんだったのです。というのは、その当時、私はゲーム機も持っておらず、特にゲームには詳しくなかったのです。そのとき友人がスクウェアというゲーム会社でクリエーターの募集があり、そこでは同じ歳の(本当は1つ上だった)作曲家の人が活躍しているから是非応募してみてはどうかと言われたのがキッカケになったのでした。(おそらく光田さんがクロノトリガーの仕事をされていた頃のハズ??)

これから佐久間さんがやっていきたい方向としては、
どんなお仕事関係をやっていきたいと思っていらっしゃいますか?

本の装丁、挿絵であったり、CDのジャケットであったりと形には特にこだわらないのですが、よりたくさんの人に私の創ったものを楽しんで頂けたらと思います。できるだけ仕事の幅を広げて行きたいものです。

どんな時に、どんなことで、創作のインスピレーションが湧くのでしょうか?
いつも作品を創られる時は、どんなことを考えて臨まれていますか?

街の中でチョット変わった建物や機械などの風景に出会ったとき、音楽を聴いていたりテレビを見ていたり、あるいはボーっとしているときなんかにもアイデアが思い浮かぶことがあります。出物はれもの…ですねぇ。
絵を描いているときは、描いている画面の外側の出来事や風景の続きを想像したりと、その世界にドップリと浸かって制作していることが多いです。
光田さんの曲を聴くと作業がすごくはかどります。

今現在、どんなことをしているときが、一番楽しいですか?
(別にお仕事じゃなくてもいいですよ)

現実逃避をして喫茶店で紅茶をすすってボーっとしているとき。
コンピューターのドライブの最適化(デフラグ)の画面を眺めてボーっとしているとき。
あと、隣の猫を見つけたとき。(現在失踪中)

ズバリ!佐久間さんの将来の野望は??

自分の街がほしい・・・・・・
ヘンテコなロボットや電車、建物がたくさんあって、チョット雨の日が多めで曇り空もきれいで・・・

現在、もうすぐ銀座で開かれる個展の準備で大忙しのことと思いますが、
今回の個展はどんな内容のものなのでしょうか? 
ここで宣伝を大いにしてください! どうぞ!!

街と猫とロボットを題材とした、ペン画、アクリル画の展覧会です。

2000年2月6日(日)〜2月14日(月) 銀座7-5-15銀座蒲田ビル4F
ボザール・ミューにて佐久間真人展『猫の望みの映る窓』を開催致します。
『テンプランツ2』の『銀色のライカ』も展示致します。
AM11:00〜PM7:00 最終日PM5:00まで 会期中無休です。
皆様おさそい合わせのうえ、是非是非お越し下さい。
お問い合わせはボザール・ミュー03-3571-0946 会場03-3572-7590まで。

では、今後の光田に一言、お願いします!

より一層ご活躍の場を広げ、素晴らしい作品を聴かせて下さい。
そして今後とも末永く、お手やわらかにどうぞよろしくお願いいたします。

最後にこれを読んでくださっている皆様に、お言葉をお願いします!
(今やってらっしゃるお仕事の宣伝とか、その他何でも、ドンドン書いてくださって結構です!)

遅くなりましたが・・・はじめまして佐久間真人と申します。今後とも末永くお付き合いをお願いいたします。
私の作品がみられるものを、いくつか御紹介いたします。よろしかったら御覧になってみて下さい。

●宮川俊彦著の寓話集『八百目太郎』『叩かれ地蔵』『青い馬』『ウサギとカメ』『北風と太陽』『恋愛寓話』の装画・挿絵を描いています。不思議なお話です。【未知谷】

●鯨統一郎著『隕石誘拐』の装画・挿絵を描いてます。【光文社カッパノベルス】
宮沢賢治にまつわるミステリー。じつは物語は少々オトナ向き? ムフフです。

●ロバート・スウィンデルズ他著、安藤紀子他訳の短編集『ミステリアス・クリスマス』
怖くて不思議で暖かいクリスマスにまつわる物語。【パロル舎】

● 『アクションリプレイ』【ブレイン・ストーム】に文章と漫画・・・これまたムフフな? 
皆さんアクションリプレイって知ってます? 裏技の塊みたいな物です。

●松谷卓『Epoch1./PLATFORM』のCDジャケットイラスト【ロビン・ディスク】
CDジャーナル別冊『ストレンジ・デイズ』にこのロビン・ディスクの広告で何点か作品が載っています。

そして、言わずと知れた光田さん作曲の『銀色のライカ』のイラストが私の描いた作品なのです。

佐久間さん、お忙しいところ(おそらく今は修羅場でしょう・・・)御丁寧に回答してくださって、本当にありがとうございました。佐久間さんのお人柄の出る御回答、微笑ましく読ませて頂きました。ホント、素直で素朴で、そして「ぜんっぜん」(あえて強調いたします)カッコつけない方・・・ですよね、佐久間さんって。そんなところが、佐久間さんの魅力なのだと思います。そして、工藤順子さんの「おじゃる丸」説。・・・上手いことを・・・(笑)。ものすごい説得力でした。かなり笑えました。(工藤さん、ごめんなさい)これからも、マイペースに、でも精力的に(そこが佐久間さんの凄いところです)制作活動頑張って下さい。そして、銀座での個展、楽しみにしております。これをご覧になられた皆様も、ぜひ足をお運び下さい。素敵な、そして不思議な佐久間ワールドが展開されていることでしょう。「銀色のライカ」の原画も見られますし・・・(笑)。
ではでは、光田からもメッセージを!

昔から古いものと(レトロなもの、または田舎という古さ)新しいもの(未来的、という意味で・・・)のどちらとも言えない世界が凄く好きで、最初に佐久間さんの画を見たときにこれだ〜〜!と思いました。
いまでも覚えてますが、興奮のあまりいきなり会ったその日に、「この画に音楽を付けてみたいんだけど」という、とんでもないことを言ってしまったことを記憶しています。(この時の画は“ひよどりの唄”という、佐久間さんが画とお話を書いていた作品です。)いつかこのCDの発表の場が欲しいですね(笑)
あと心強いのが、同じくらいの年でお互いフリーとして生きているということですかね。やっぱりね、同じ生き方をしていると凄く励みになるんですよね。あ〜佐久間さんも頑張ってるな〜、俺も負けずに頑張んなきゃ〜ってね。ということで、お互いこれから良い作品を世の中に出すべく頑張っていきましょう。
それと今後、個展がある時は皆さんにもお知らせしますので、是非足を運んでみてください。


佐久間さんについての光田の日記が過去にあります。佐久間さんとの写真等も掲載されていますので、佐久間さんについてより深くお知りになりたい方は、「今日の光田」コーナーの99年11月14日へGO!!



【佐久間真人ギャラリー】特別編
『隕石誘拐』表紙
『街の記憶』
『猫の望みの映る窓』
『銀色のライカ』
『2000年個展案内』

個展のダイレクトメールの画像です。(佐久間さん、すいません。容量が大きかったので画像を小さくしてしまいました。)地図がちょっと見にくいですが、頑張って行ってみて下さい。

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